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神道Q&A 神道にまつわるQ&A

質問:夏越大祓とはなんですか?

【答え】

大祓は、罪、穢れを祓うための行事で6月と12月の晦日に行われる行事です。6月の大祓を夏越大祓(なごしのおおはらえ)、12月の大祓を年越大祓(としこしのおおはらえ)と呼ばれています。

701年の大宝律令によって正式な宮中の年中行事に定めらました。衣服を毎日洗濯する習慣や水などのない時代、半年に一度、雑菌の繁殖し易い夏を前に新しい物に替える事で疫病を予防する意味があったとされています。

「茅の輪(ちのわ)くぐり」を設ける神社も多くあります。これは、素盞鳴尊(すさのおのみこと)とされる武塔神(むとうのかみ)に善行を施した蘇民将来(人の名前です)が、茅の輪を腰につければ、疫病に掛からないと言われた古事に由来するとされています。

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カテゴリ/厄除(厄祓い), 四季の祭りと行事

質問:鏡餅の飾り方について教えてください

【答え】

 円くて平たい、大小二個の餅を重ねたものを「鏡餅(かがみもち)」といいます。これは、豊作をもたらし五穀豊穣(ごこくほうじょう)を守る、年神さまへのお供えです。そもそも餅というのは、米から作られるもので、神さまのお恵みによって授けられた賜物(たまもの)といえるでしょう。これを年神さまに供えることにより、感謝の気持ちを表すのです。 まさに餅は、正月には不可欠なものといえます。

 飾り方は、まず三方(さんぼう)の上に奉書紙または半紙を敷き、その端が三方から垂れるようにします。次に羊歯(しだ)(裏白(うらじろ))とゆずり葉を両側に垂らすように敷き、その土に昆布を置きます。そして、大小二個の餅を重ね、餅の上に橙(だいだい)をのせます。さらに伊勢海老や串柿、するめや末広などの縁起物をのせて飾ると華やかです。鏡餅の語源については、その字が示すように、餅の形が鏡に似ているからといわれていますが諸説あります。

カテゴリ/四季の祭りと行事

質問:端午(たんご)の節句の「端午」とはどういう意味ですか

【答え】

 端午の「端」には初めという意味があり、「午」は五と同音であることから、初めの午の日あるいは毎月の五日のことを、古くは端午といっていました。ですから、今のように五月五日に限らず、五月以外の月の五日もさしていたようです。

 五月五日の「端午の節句(節供)」には、鯉のぼりを立てたり、武者人形などを飾ったりして、男児の健やかな成長を祈りますが、この行事は中国から伝来した習わしです。 中国ではこの日に菖蒲酒(しょうぶざけ)を飲むなどして、邪気を払う行事が行われました。

 日本においては、五月という月が「物忌み(ものいみ)月」(田植えを間近に控え、身体を清める月)であったことから、邪気を払うために菖蒲酒を飲んだり菖蒲湯に入ったりしました。 菖蒲の香気は邪気を払うといわれ、魔除(まよけ)の薬草とされていたからです。

 また、この菖捕が「尚武(しょうぶ)」と同音であることから、武家では男子のお祝いとして、甲冑(かちゅう)や刀などを飾り、勇ましく成長することを祈ったのです。 これがのちに形を変えて、武者人形飾りとなりました。 ちなみに鯉のぽりは、滝をさかのぼる力強い鯉にあやかったものとされています。現在では「子供の日」として国民の祝日にもなりました。

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質問:雛祭りの本来の意味について教えてください

【答え】

 3月3日の「雛祭り」とは、雛人形やその調度類を飾り、白酒・菱餅・桃の花などを供えて、女児の健やかな成長を祈る行事です。「桃の節句」「上巳(じょうし)の節句」ともいい、かつては節句を節供と書きました。上巳とは、旧暦3月の「上句の巳の日」のことであり、中国では、この日に祓いの行事が行われました。これが日本に伝来して、日本の習俗と混じり合い、雛祭りへと発展したのです。ですから、元来は紙などで作った人形で身体を撫で、息を吹きかけたりして、その人形に罪穢(つみけがれ)を移し、海や川に流すという祓いの行事でした。

 この人形が、時代が下るにつれ、いつしか王朝風の美しい雛人形へと変化し、人々に愛玩され鑑賞されるようになりましたが、それと共に祓いの習俗は後退していきました。 しかし、現在でも鳥取県地方には、そのような雛祭りの原型が「流し雛」という形で残っています。

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質問:節分は秋にもあるといいますが本当ですか

【答え】

 「節分」とは立春の前日をさします。 そもそも節分という語は、立春だけに限らず立夏・立冬・立秋の前日をさし、四季の節目を意味していた言葉でした。つまり、節分は1年に4回あったわけですが、旧暦では立春が年の始まりにあたったことから、この節目が特に重要視されて、いつしか節分といえば、立春の前日をさすようになったのです。

 節分には、災厄や邪気を払う行事が行われますが、その代表的なものに「豆まき」があります。年男が「福は内、鬼は外」と唱えながら、煎った大豆をまいて鬼を払うこの行事は、中国の明の時代の習慣を、室町時代に取り入れたといわれています。かつては、豆まきを「追儺(ついな)」「鬼遣らい(おにやらい)」といい、宮中の年中行事の一つでした。舎人(とねり)が扮した疫鬼を迫い払うことにより、災厄を払い除くというこの儀式が、次第に民間に伝わっていったのです。

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質問:左義長(さぎちょう)は何をする行事ですか

【答え】

 平安時代の宮中では、清涼殿(せいりょうでん)の東庭で青竹を束ねて立て毬杖(ぎちょう)三個を結び、その上に扇子(せんす)や短冊(たんざく)などを添え、陰陽師(おんみょうじ)が謡(うた)いはやしながらこれを焼く「左義長」という行事がありました。

 今日では正月15日前後に行われ、民間行事として正月の松飾りや注連縄(しめなわ)を集めて焼く火祭りの行事です。ほぼ全国的にみられますが、地方によって、どんど焼、さいとやき、三九郎焼(さんくろうやき)、ほちょじ、ほっけんぎょうなどの名称で行われています。神社では旧年お守り、いただいたお神札(おふだ)に感謝して、古神札の焼納も併せて行われますが、この火にあたると若返るとか、餅を焼いて食べると病気をしないとか、書初(かきぞめ)をかざしてそれが高く舞い上がると書が上手になるなどともいわれています。

 一年の始めにあたり、穢(けがれ)を祓い清めて、暖かい春の到来とその年の豊かな収穫を祈る行事でもあるという左義長の、その語源には鞠杖(ぎちょう)(毬(まり)を打つ長柄の槌)に由来するとする説や、鳥追い行事との関連で鷺鳥(さぎちょう)の意味だとする説などがあります。

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質問:門松(かどまつ)はなぜ立てるのですか

【答え】

 新年を祝って、家の門口などに飾られる「門松」とは、その年の神さまをお招きするための目印であり、また、神さまがお降りになったときに宿られる場所(依代(よりしろ))を表すものです。

 もともとは、松・杉・椎(しい)・榊(さかき)といった常緑樹を用いていたようですが、いつしか主として松を用いるようになり、そのことから門松と呼ばれるようになりました。

 現在の門松は、竹三本を松で囲み、荒縄で結んだ形が一般的ですが、関西方面では松の小枝に半紙を巻き、それに水引きをかけたり、紙垂(しで)や橙(だいだい)、柊(ひいらぎ)などで飾られた門松もあります。 正月の祝い物、飾り物としてその形態もさまざまです。

 なお、門松や注連飾り(しめかざり)などの正月飾りを取り除く日については、1月7日に定めている地方が多く、正月をひと区切りする意味で、元日から7日までを「松の内(うち)」といいます。

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質問:鏡開きは昔から1月11日に行われてきたのですか

【答え】

 「鏡開き」とは、正月に神さまへ供えた鏡餅(かがみもち)を、1月11日に下げて食べる風習をいいます。鏡餅は刃物で切らずに、手や槌(つち)で割って食べるのがしきたりですが、刃物を使わない理由としては、餅が固いことと「切る」という言葉を忌むためです。 ですから鏡開きというように、「開く」という縁起のよい言葉を使ったのです。

 もともと鏡開きは、1月20日に行われていましたが、徳川三代将軍家光の忌日が20日であったため、幕府が蔵開きの日であった11日に変更し、それが現在に至っているといわれています。鏡開きの日には、割った餅を汁粉(しるこ)や雑煮(ぞうに)に入れて食べますが、そのように神さまの御霊(みたま)の宿った餅を食べることで、神さまのご利益をいただくわけです

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質問:春の七草の名称を教えてください

【答え】

 七草は「七草の節句」の略であり、「人日(じんじつ)」とか「若菜の節」ともいわれています。これは1月7日の朝に、七草といわれる芹(せり)・薺(なずな)(ペンペン草)・御形(ごぎょう)(母子草(ははこぐさ))・はこべら(はこべ)・仏の座(田平子(たびらこ))・菘(すずな)(蕪(かぶ))・すずしろ(大根)の、七種類の野草・野菜を刻み、粥に入れて食べるという、日本に昔からある風習ですが、その原型となるものは中国から伝来しました。江戸時代には将軍以下の諸公が、七草が入った粥「七草粥」を食べる儀礼があり、これは公式の行事でもありました。

 現在も日本全国で行われていて、この日は八百屋の店頭にも、きれいにセットされた七草が並びます。草木が萌え出した証ともいえる七草の若菜、それらが入った七草粥を食べると、邪気が払われ万病が除かれるといわれています。

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質問:屠蘇(とそ)は年長者から飲むものですか、年少者からですか

【答え】

 正月に年明けを祝って飲む延命長寿の薬酒を「屠蘇」といいます。正月に屠蘇を飲むようになったのは、中国では唐の時代からで、日本においては平安時代の初期からといわれています。屠蘇は、みりんの中に山椒(さんしょう)・桔梗(ききょう)・肉桂(にっけい)などの薬草をひたしたもので、これを飲むことにより邪気が払われ、寿命が延びるといわれているので、新年の祝い膳には欠かせないものの一つとされているのです。

 元旦は、まず祝い膳の用意が整ったら、家族揃って膳につきます。そして、年明けの挨拶をかわしたあと、本年も家族全員が健康に過ごせるようにと祈って屠蘇を飲みます。屠蘇は大・中,小の三種類の大きさの、いわゆる三つ重ねの盃を用いて飲みます。その飲み方は、一家の長である主人から年少者へと順々に飲み干していく方法と、中国式に年少者から年長者へと順々に飲み干していく方法とがあります。

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神道Q&A

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