
仏教では位牌を仏壇に納めて供養しますが、神道では白木造りの霊璽(れいじ)を御霊舎(みたまや)に納めてお祀りします。 日々のお祀りは神棚と同じようにお供えをしてお参りしますが、順番は神棚のあとになります。
ちなみに仏教では現世の名前とは別の戒名を付け、功徳を積んだ僧侶により迷わず極楽浄土に行けるよう供養してもらいますが、神道では現世の名前のまま高天原(たかまがはら)に行き、子孫を見守ります。 神主は家族に代わって祭儀を行うに過ぎません。
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神葬祭では、神主から玉串を受けたら、御霊前の案(あん:台のこと)の前まで進み、軽くお辞儀をして玉串を案の上に置きます。この時玉串は根本が御霊前の方を向くように置きます。 次に、二礼二拍手一礼ですが、この時の拍手は、「忍び手」といい、音を出さないようにします。次に軽くお辞儀をして元に位置に戻ります。
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肉体は滅びても、霊魂は永久に不滅です。私たちは結婚して、産土神(うぶすながみ:氏神)の偉大なる力をいただき、夫婦の霊魂が結び合わされて子供を授かります。つまり、子供に両親の霊魂が引き継がれるわけです。 そして、子供は親から引き継いだ霊を核として自らも努力し、自分自身の霊魂を作り上げていきます。
夫婦に子供ができなかったときは、子供への霊魂の引き継ぎはかないませんが、私たちが死を迎えて、霊魂が肉体を離れると、私たちの霊魂は祖霊の元へと帰っていくのです。
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神道は祖先を崇敬する信仰が基になっています。 氏族の始祖を氏神(うじがみ)として崇敬し、祖先を自分たちの守り神として崇敬します。このように人は死後、家族や親族を見守る霊となって祖先神の仲間入りをすると考えられます。 この、人と神の連続性は、神道の大きな特徴と言えます。
江戸時代の豊受大神宮(とようけだいじんぐう)の祠官であった、中西直方は『死道百首』の中で、「日の本に生まれ出にし益人(ますびと)は神より出でて神に入るなり」と詠んでいます。これは、祖先の神々から出たものは、やがて一生を終えると祖先の神々の所へ帰っていくのだという意味であり、この歌は実に明確に日本人の死生観を表しています。 つまり、日本人の生命は、祖先から自分へ、自分から子孫へと永遠に「血」と「心」の連続を形成するのです。いいかえれば、これは霊魂の不滅、霊魂の引き継ぎともいえるでしょう。そして、私ども日本人の「霊」は、仏教でいうような十万億土にいくのではなく、わが家、わが郷土、わが国に留まって、祖神と共に子孫の繁栄を見守り、子孫からのお祭りを受けるのです。
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神道の形式によって行われる葬儀を「神葬祭」といいます。しかし、葬儀というと一般的には仏教の専門と思われがちで、事実、仏教の形式によって行われる葬儀が大半を占めています。けれども、神葬祭はすでに仏教伝来からあったことが、『古事記』『日本書紀』といった古典にも記されていて、神葬祭は日本固有の葬法だったことを物語っています。
仏教伝来以降は、急速に仏教の形式による葬儀が普及していき、さらに江戸時代になると寺請制度(キリスト教の信仰を防ぐため、人々は誰でも必ず寺に所属しなければならないという制度)が実施されたことから、その傾向はますます強くなりました。そのような時世の中、国学の興隆によって国学者らによる神葬祭の研究も行われるようになり、神職とその嫡子に限って神葬祭が許可されるようにもなったのです。(葬儀は「穢(けがれ)」であるとして認められていなかった)明治時代になると、一般人に至るまで神葬祭が許可されるようになり、全国へ広まっていきました。
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